シリア・イラクの一件から考える、日本人にとっての難民問題

安倍首相のイラク・シリア難民に対する発言に関するごたごた(http://newsphere.jp/politics/20151001-2/)に付随して、日本政府が難民受入に消極的だ、日本人は閉鎖的な意識故に海外の危機的な状況に対してもきちんと目を向けることをしない、と解釈する言説も見かけます。
ですが、そうした解釈に対し、個人的には疑問を感じます。

まず、日本国民は、難民全般の受入に消極的なのではなく、「シリア・イラク難民の受入」について、消極的、というより関心が薄いように個人的には思われます。国内の関心も低いので、それ故に政府としても積極的に動かない。

そして、欧米に比べて日本のシリア・イラク難民問題に対する関心が低いというのは、難民の人権・生存権に対する意識に違いがあるのではなく、単純に地理的/政治・社会的な関係性が低い為に報道の量や質に大きな差があるからでしょう。
欧米対中露の代理戦争という色彩も強いシリア問題は(各国に押し寄せる難民の状況も含め)欧米では盛んに報道されていますが、日本では、そこまで頻繁に報道されているとは言い難い状況です。
それは、地政上の距離から言ってもしょうがないことです。今そこにあるシリアの戦争よりも、将来の朝鮮半島の戦争の可能性の方が国民の関心が高いし、国内メディアも消費者の関心分野を中心に報道するというのは、自然なことのように思われます。

難民の受入意識には、地理的 / 政治・社会的な関係が強く影響して、島国根性のような国民性はそんなに影響してないんじゃない?というのを、ドイツと日本で定量的に見てみると、
シリア難民受入に積極的だと称賛されるドイツの世論調査(15年7月)で、難民の受入を「もっと多くすべきだ」というのが34%、「これまで通り」続けるべきが23%で、足して57%が難民の受入に受容的とのことです。
https://www.refugee.or.jp/jar/report/2015/09/01-0000.shtml
 古いデータですが、日本における、ベトナム戦争に際してのボートピープルが注目された80年代のインドシナ難民問題に関する世論調査では、難民の受入を「大幅に増やすべきだ」7.4%、「ある程度増やすべき」42.5%と、受容的なのは50%くらいでした。
http://survey.gov-online.go.jp/s57/S57-06-57-04.html
 質問項目も時点も全くそろってないのは微妙ですが、なんとなく、難民問題が広く報道されてれば、(難民が押し寄せて大変なことになってない)先進国では、半分くらいの人は受容的になるってのは、個人的な肌感にも合います。とはいえ、現在のドイツに比べて7%くらい下ぶれてはいますが、今よりも国際化が進んでいない80年代の日本での話であり、現在で同様の状況が発生したら、もう少し数値が高めに出てもおかしくなさそう。

政策的な帰結としても、ベトナム戦争時のボートピープルの受入は、直接の当事者たるアメリカが80万人以上の中、ドイツ1.8万人、日本1.1万人と、二国間でそこまで大きな差ではなかったりします。インドシナ半島とかいう両国から遠いところで、同盟国がドンパチやって大変なことになってるからって受け入れる規模としては、そんなところだったんでしょう。

※日本国民の難民に対する意識として、80年代のデータなんてひっぱり出してきたのは、今回のシリア難民についての調査データが見つからなかったからで、世論調査もないくらい国内メディアの注目レベルが低いことの証左でもあるかと
※※国内でもCNN/BBCなんかを中心に観ているような層は、シリア・イラク難民に対する関心度は全く違うでしょうが、まあ、そういうグローバルエリート層?は少数派でしかない

池田信夫氏「シリア難民問題はヨーロッパの「原罪」」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44902)の指摘する通り、シリア難民は、歴史的経緯からいって欧米が難民を受け入れるべきで日本は関係ないとも言える、でも北朝鮮が崩壊したら日本は難民を受入れざる得ないよね、というのは現実的な分析でしょう。

その日が来た時に、現在のシリア・イラクと同程度の関心や情熱を持って欧米国が難民を受け入れるとも思えず、中国・日本で相当の割合を吸収することになると考えられます。国民が受入れる意識があるかという議論の以前に、陸路・海路で押し寄せてこられれば、そうそう追い返すこともできないですし。

難民を自らの国民として取り込むことに問題や障壁が少ない移民国家である米国やオーストラリア、ブラジル等とは比較してもしょうがないですが、その他の世界各国と比べても、日本の難民受入がこれまで少なかったのは事実です。それは、近年、日本に容易に避難できるような周辺地域で、市民を巻き込んだ大規模な戦争・内戦・人権侵害がなかったことに寄ることが大きかったのではないでしょうか。そして、その状況はもしかしたら近い内に変わるかもしれないのです。

コメントを残す